福島県甲状腺検査先行検査における甲状腺がん症例分布の空間解析 Spatial analysis of the geographical distribution of thyroid cancer cases from the first-round thyroid ultrasound examination in Fukushima Prefecture

著者【筆頭著者、連絡・責任著者】
中谷友樹1
【共同著者】
高橋邦彦2、高橋秀人3、安村誠司4,5、大平哲也4,6、大戸斉4,7、大津留晶4,8
緑川早苗4,8、鈴木眞一9、志村浩己4,10、山下俊一4,11、谷川攻一4、神谷研二4,12
1 東北大学大学院環境科学研究科、2 名古屋大学大学院医学系研究科生物統計学分野、3 国立保健医療科学院、4 福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センター、5 福島県立医科大学医学部公衆衛生学講座、6 福島県立医科大学医学部疫学講座、7 福島県立医科大学医学部輸血・移植免疫学講座、8 福島県立医科大学医学部放射線健康管理学講座、9 福島県立医科大学医学部甲状腺内分泌学講座、10 福島県立医科大学医学部臨床検査医学講座、11 長崎大学原研医療放射線災害医療学研究分野、12 広島大学原爆放射線医科学研究所
掲載「Scientific Reports」(2018)
関連リンクhttps://www.nature.com/articles/s41598-018-35971-7

2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所事故発生を受けて、放射線被曝による健康被害への懸念から、福島県民(平成4年4月2日~24年4月1日生まれ)を対象に県民健康調査「甲状腺検査」が実施されています。その1巡目となる先行検査の結果、116名の甲状腺がん患者(疑い症例を含む)が報告され、その患者数とともに患者の地理的分布が放射線被曝による影響を反映しているかが問われてきました。

先行する研究では、事前に59市町村を3地域、あるいは9地域のように統合した上で、有病率を比較しています。しかし、様々な地域区分を設定し有病率の高い地域を探す地域間比較を増やしてしまうと、多重検定と呼ばれる統計学上の問題により、本来は甲状腺がんリスクの地域差がなくとも有意な有病率の地域差があると、誤った判断を下すリスクが増大します。そもそも、正確な放射線被曝の地理的分布の把握は難しく、他の地理的な要因が甲状腺がん患者の地理的分布に関連している可能性もあります。

そこで、この研究では、震災時18歳未満の居住者を対象に実施された県民健康調査「甲状腺検査」先行検査の結果に基づいて、福島県内における59市町村単位の甲状腺がん(性・5歳年齢階級で調整した)標準化有病率に関する一般的な地理的集積性の有無(すなわち、どこかに高い有病率の市町村(群)が存在するか)を、Flexscan法とMEET法と呼ばれる多重検定を考慮した分析技法で検討しました。ここでFlexscan法とは、地理的に隣接する市町村をつないで他地区よりも有病率が高い地区(市町村群)を探す方法であり、MEET法は近い距離にある市町村同士が類似した有病率を持つ傾向があるかどうかを検定する方法です。さらに、市町村別有病率と諸種の地域指標(人口密度や高度、福島第一原子力発電所からの距離、失業率など)との関連性を、ポアソン回帰分析によって分析しました。

その結果、福島県内における甲状腺がん患者の有病率について、統計的に有意な地理的集積性、および地域指標との有意な関連性は、いずれも認められませんでした。この結果は、1次検査で陽性であっても2次検査を受診しなかった2次検査未受診者の存在が分析結果に及ぼす影響について、シミュレーションによる感度分析を実施しても変わりませんでした。

この研究の結果からは、先行検査による福島県内の甲状腺がんの有病率分布に地域差は乏しく、その分布が放射線被曝量を含む地理的要因を反映しているとは考えにくいことが分かりました。今後は、本格調査による結果をふまえ、患者発生の地理的分布について、同様な空間解析に基づく検討が望まれます。